3日間の10コス大会の最終日の夜、
疲れのたまった体を休めようと、程普は早めに床につく準備をしていた。
だが、疲れたのは連戦したからだけではないと思う。
一度は吹っ切ったつもりだったが、同じ兵種で武力も近く、行動を供にすることが多い相手とは、やはり比べてしまう。
しかも、その相手がワシに対して遠慮を見せるのが、余計に負けたと感じた際の悔しさを煽った。
戦場で昇華しきれなかった葛藤が胸の奥で燻る。
疲れているはずなのに眠くならなくて、寝台に腰掛け、ぼんやりと窓の外を眺める。
ん?んん??
何故このような場所に?
窓の外を通り過ぎる孫堅の姿を見た気がして。
不審な状況に慌てて立ち上がると、追いかけようと外に出る。
だが、勢い良く開けた扉の向こうに、孫堅がいた。
「うわっ。いきなり何だ?危ないではないか。」
「殿!?すみません。ですが・・何故こちらへ?」
「ん?久々にお前と2人で飲もうかと思ってなぁ。」
孫堅は手に持っていた酒示すと、するりと部屋の中へ身体を滑り込ませる。
思わぬ僥倖に、扉を開けたままの状態で固まっていると、
早く来いよと笑われてしまった。
2人分の杯を用意すると、孫堅の隣に腰を下ろした。
酒を注ごうとしたが孫堅は程普の膝を枕にごろりと横になってしまう。
「殿!?お飲みにならんので?」
「ん〜。この体勢でも飲めるだろ。さすがにここ数日の連戦は疲れたなぁ。」
膝に懐いたまま杯を干す孫堅に、酒を注ぎながらその横顔を見つめていた。
時折、こうして殿が2人で飲もうと誘ってくださることがある。
俺の話を聞けとか、なんとなくとか、最近疲れたんだとか・・・・理由は様々だが、
いつも殿が”甘えたくなったとき”であったと思う。
手の甲でそっと頬に触れると、んん〜と甘えた声で擦り寄られる。
ゆっくりと酒を飲みながら、空いた手で殿の頬や髪を擽るように愛撫した。
殿が甘えてくださることが嬉しくて、この穏やかな時間を堪能する。
心地良さ気に目を細める殿の表情と、膝から伝わる温もりに程普自身も癒されているのを感じた。
しばらくして、呟くような殿の声が、穏やかな沈黙を破った。
「なぁ・・・お前の目から見てどうかを聞きたいのだが・・・・・」
「何をですか?」
「・・・策のことだ」
「随分と頼もしく成長されたと思いますぞ。」
「ああ、俺も、武勇は申し分ないとは思う。」
「殿に似て人を引付ける強烈な輝きをお持ちですし、心酔する若い武将も多く将来が楽しみかと。」
そうか・・・・と呟くと、殿がごろりと体勢を変えた。
仰向けになった殿にじっと見上げられて、胸が高鳴った。
「はぁ〜。そろそろ頃合か・・・・・・」
ため息とともに、ふと逸らされた視線が、殿の表情を儚くみせる。
寂しいのだろうなと思い、わざと軽く聞こえるように返した。
「いよいよ殿も、子離れですかな?」
「ああ・・・だが、若さ故の勢いで、突っ走りがちなところが・・・・って、笑うなよ!」
心配する様子が微笑ましくて、顔がニヤけてしまっていたらしい。
無意識のうちに緩みそうになる顔を引き締め直して、真面目に答える。
「ご心配も分かりますが、若に足りない部分は補う者がおるでしょう。」
「公瑾か?」
「若とともに突き進むだけの力も、戦況を見極める目も、若の信頼もあるように見受けられましたが。」
「ほぅ。お前がそこまで評価しているとはな。」
至極真面目に答えたというのに、ニヤニヤと含み笑いを浮かべる殿に、嫌な予感がした。
「何か可笑しいことを言いましたか?」
「いや。てっきり反りが合わぬかとな。」
「そっ、そっ、そのようなことは・・・・・」
「違うのか?お前と公瑾を残して天啓をした後、様子がおかしかったが?」
思い当たる節は確かにあるが、奴に負けたと感じたことが悔しかっただけで、
反りが合わぬとか、揉めたとかではない・・・と、思う。
「あれは・・・・何でもございません。」
「ふ〜ん。そうか・・・」
「はい。それより、疲れていらっしゃるのでしょう?そろそろ、お休みになられては?」
バレバレの誤魔化し方になってしまったが、何とか話題の転換を図った。
己の心の内の取るに足らない葛藤を殿にさらすのは本意ではない。
余りに拙い誤魔化しにまた笑われるのだろうと思ったが、
先ほどまでニヤニヤと笑っていた殿の目が、いつのまにか閉じられていた。
「俺は、十分安らいでいるぞ。」
「殿・・・・」
「お前は、俺を甘やかすのが上手いからなぁ〜」
目を閉じたまま、柔らかな微笑みを浮かべる殿の髪にそっと触れる。
部屋が再び心地よい沈黙に包まれた。
この穏やかさに包まれていると、先ほど誤魔化した葛藤すらも昇華されそうだ。
殿を甘やかしているつもりで、なんだか自分の方が癒されている気がした。
パパが程普に甘えたくなる時・・・・
疲れてたり、聞いて欲しいことがある時・・・・そして、程普を癒してあげたい時もかなぁ〜って。
程普がパパに甘えることはあり得ないから、パパが程普に甘えてあげる感じがします。