孫堅が囚われている部屋は、四方を囲む壁は頑丈で、逃亡できそうな箇所は見当たらなかった。

外界と通じているのは、たった一つある窓だけで、その窓にも鉄格子がはまっていた。

窓の向こうには部屋があり、常に遠呂智軍の兵が詰めていたが、

窓から話しかけても、答えが返ってくることはなかった。

兵が詰めている部屋の出入り口も窓から見えない位置にあり、外の様子を知る術は限りなく少ない。

だから、孫堅が呉軍や各地の状況を知る情報源は、遠呂智のみだった。

孫堅をこの部屋に監禁してから、遠呂智は三日と空けずにここを訪れる。

その訪れはいつも突然で、美味い果物を手に入れたとか、酒の相手をしろだとか、他愛もない理由ばかりだった。

遠呂智からの絡みつくような視線は健在だが、軽い嫌がらせ以上の接触をしてくることはなく、

特に酒が入ると、ポツリポツリと各地の戦況を語ることもある。

少しの不快感を我慢すれば、外の様子が分かる。

孫堅にとって、遠呂智の訪れは、嫌悪する対象ではなくなっていた。



夜も更け、孫堅が既に寝ていると、間近に不穏な気配を感じた。

目を開けると、遠呂智が横たわる孫堅の上に覆いかぶさっていて、驚くほど近くに遠呂智の顔があった。

「遠呂智?」

「目覚めるのが早いぞ孫堅。もう少し、我に寝顔を堪能させろ。」

文句を言いながらも、遠呂智が身体を引いたので、孫堅も上体を起こす。

「先ほど攻め落とした城で、美味い地酒を手に入れた。付き合え。」

そう言って、酒瓶を示された。

遠呂智が窓の外の手下に命じ、燭台と杯が手早く用意される。

唯一の光源である、燭台が部屋の中央でぼんやりと遠呂智の姿を浮かび上がらせていた。

遠呂智に手招かれ、側へと歩み寄る。

いつも通りに適度な距離を空けて、腰を下ろそうとしたところで、遠呂智に手首を掴まれた。

強く引き寄せられ、坐した遠呂智の腰を跨ぐように、膝の上に座らされた。

足を大きく広げさせられたことで、襦袢の裾が乱れ、太股の辺りまでが露わになる。

「遠呂智?」

「反抗的な息子の咎を、お前に払わせてやろうか?」

遠呂智の手が露わになった、孫堅の太股を撫でる。

しかし、それ以上触れてくる気配はなく、今はまだ脅して楽しんでいるだけのように感じる。

ということは、孫策が早々に明確な反逆の意思を示したという状況ではないのだろう。

10日ほど前に、孫策に反乱軍の討伐を命じると言っていた。

孫策が思い通りに動かずに、苛立っているのだろうか?

その苛立ちに付け込む隙はないだろうかと思う。

「つけを払わされる前に、その咎の内容を伺いたいものだ。」

「討伐を命じてから10日経つが、準備中だと言って一向に動かん。」

まずは、状況をつかもうと遠呂智に問うと、あっさりと答えが返ってきた。

もしかしたら、地酒は口実で、孫策の件が本題なのかもしれない。

「そうか・・・・」

「薄情な息子だ。お前がどうなっても良いということか?」

遠呂智の手が太股から孫堅の臀部へと移動する。

撫でまわす遠呂智の手は不快だが、反応を示すと余計に興をそそるだけなので、

できうる限り無視して話を続ける。

「どうでも良いなら、すでに反旗を翻しているだろう。ただ、嫌がってごねているだけだ。」

「だが、このまま役立たずでは困る。」

「嫌がる相手を・・・・っう・・動かすには、餌を目の前にぶら下げればいい。」

途中でやにわに尻を掴まれ、言葉が詰まる。

不快感で我慢が限界にきそうだ。

止めろと叫んで、遠呂智の手を振り払いたい衝動に駆られる。

その衝動に身を任せてしまっては、遠呂智との交渉の余地がなくなってしまう。

自分の腕をきつく掴み、なんとかその衝動を飲み込んだ。

「ほう。餌か。」

話の内容に遠呂智が食いついてきた気配を感じて、慎重に誘導を始める。

「息子が動きたくなるような報酬を、討伐が成功したら与えると持ちかければいい。」

「孫策が一番欲するものは、お前の身柄だな。」

「そうだが、俺を解放してくれるのか?」

それは多分無理だと思ったが、一応聞いてみる。

「お前を手放すつもりはない。」

遠呂智の答えは予想通りのものだったが、今はそれで問題はない。

少しずつ孫策の下に呉の力を終結させ、遠呂智に対抗する力を蓄えていけば良い。

「俺以外にも、呉の武将を捕虜としているだろう。」

「その一人を、討伐成功の報酬として解放してやれというのか?」

「それで確実に動くと保障する。」

捕虜となっている将には、周瑜を始めとして、孫策を慕う若い武将が多い。

孫策の下で孫呉をまとめるならば、不可欠な人材だ。

それに、彼らが解放されるのならば、絶対に孫策は動く。

「その程度で捕虜を解放するなど、我は嫌だ。」

「遠呂智・・・・」

「嫌がる我をその気にさせたいか?孫堅。」

ニヤニヤと笑みを浮かべながら、遠呂智が聞いて来る。

先ほどの会話を逆手にとられている。

遠呂智を動かす餌という名目で、何かを要求されるのだろ。

しかし、折角あと一歩のところまでこぎつけた捕虜の解放を反故にするのは惜しい。

「・・・・・ああ。」

しぶしぶ肯定すると、遠呂智が楽しそうに笑う。

「クックック、ならば、自ら身体を開き、我に抱かれろ。」

遠呂智から突き付けられた要求に、答えを迷う余地はなかった。

捕虜の解放は魅力的だ。

遠呂智に犯されることに関しても、覚悟ができている。

だが、それが自分からすすんで抱かれるとなると、話しは別だ。

例え交渉の切り札になるとしても、自分の中で冒せない一線がある。

「断る。俺は捕虜にはなったが、娼婦になった覚えはない。」

きっぱりと要求を跳ね付けた。

「ふん。まあいい。」

遠呂智はその答えを予想していたのか、軽く鼻で笑っただけで、あっさり受け入れられた。

そして、遠呂智はしばし考える素振りを見せると、地酒の瓶を孫堅に渡した。

「この酒を我に飲ませろ。それで手を打ってやろう。」

譲歩案を提示してくるということは、捕虜解放を餌とするという進言を受け入れるつもりだと見ていいだろう。

「わかった。」

酒瓶を受け取ると、近くに置かれていた杯を取り、酒を注ぎ遠呂智に差し出した。

しかし、その杯は遠呂智の手に払い除けられる。

注がれた酒を撒き散らしながら、杯が部屋の隅まで転がっていく。

「何をする!?」

杯を取りに行こうと腰を浮かせた孫堅を、遠呂智が引き寄せる。

「飲ませるのは、この唇からだ。」

遠呂智の指が孫堅の唇をなぞった。

酒瓶と遠呂智を交互に見ながら、しばし迷う。

「早くしろ。これ以上譲歩はせんぞ。」

遠呂智の苛立ちを感じ取り、今さらの拒絶は許されないだろうと悟る。

一度、唇を重ねるだけ。ただそれだけのこと。

そう言い聞かせて、酒を含むと、遠呂智に唇を寄せた。

迎えるように開いた唇に舌を差し入れ、酒を流し込んだ。

酒を飲み下したのを感じて、唇を離そうとしたが叶わなかった。

後頭部を手で掴まれ、舌を吸われ、深い口付けを強いられる。

「んんっ・・・・・もう、飲んだろう。」

渾身の力を込めて、遠呂智の身体を引き離した。

「足りぬな。我は酔うまで飲むつもりだぞ。」

遠呂智は唇を舐め、妖しく笑った。

一度で終わると思っていた、自分の甘さを思い知らされた。

「孫堅。今更、何を躊躇う?」

次の行動をおこせないでいると、一度も二度も同じことと、遠呂智に急かされた。

こうして、少しずつ遠呂智を受け入れさせられていくのだろうか。

簡単に引き裂けるはずの獲物を、ジワリジワリと追いつめ、楽しんでいる。

「まあいい。かせ。」

しびれを切らした遠呂智は酒瓶を奪いといると、孫堅の頭の上で酒瓶を逆さまにした。

頭の上でぶちまけられた酒が、孫堅の全身を濡らす。

孫堅の肌を伝う酒の滴を遠呂智の舌が舐めとり、

酒を含んで肌に張り付く襦袢の上から、遠呂智の唇が吸いつく。

「ぅ・・・・あっ・・・・よせっ・・・」

逃れようと身を捩るが、遠呂智の腕がきつく戒めて離さない。

「美味だぞ。孫堅。お前に酔いそうだ。」

充満する酒の臭いに、次第に思考が定まらなくなってくる。

この悪趣味な戯れから、逃れる術が見えなかった。











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