相変わらず、遠呂智がこの部屋を訪れる頻度は変わらない。

ただ、理由だけが変わった。

食べ物や酒などの口実を用意することなく、この身体を求めに来る。

求めるといっても、身体を繋ぐことを強いるでもなく、奉仕を強要するでもなく、

ただ好き勝手に舐め回して、体中に所有印を散らして、俺の反応を楽しんでいるだけ。

今宵も、そろそろ休もうかと思っていた時に、いきなり遠呂智がやってきた。

「孫堅。来てやったぞ。」

間髪置かずに圧し掛かってくるかと思ったが、遠呂智はドカリと部屋の中央に腰を下ろしたきり、動く気配がない。

光源が少なく、離れた位置にいる遠呂智の表情は分からないが、いつもと違う態度に、嫌な予感がした。

「こっちに来い。お前に話しがある。」

そう言って、遠呂智が向かいの床を叩いた。

遠呂智に近づいていくと、次第にその表情が明らかになったが、そこには笑みが浮かんでいた。

示された場所に、腰を下ろすと、遠呂智が愉快でたまらないといった風に口を開いた。

「孫堅。お前に捕虜としての価値は消えた。」

「何?」

と、言うことは・・・孫策が従わされることに耐えきれず、反旗を翻したのだろうか?

程普と周瑜をもってしても、抑えきれなかったのかもしれない。

「孫策が逃げたぞ。お前を見捨ててな。」

「そうか・・・」

想定の範囲内のことだったから、遠呂智の言葉に衝撃を受けることはない。

俺の救出の目途が立つ前に、孫策の我慢の限界が来た。

十分にあり得ることだと分かっていたから、その事実を静かに受け止める。

「手引きをしたのは誰だと思う?」

しかし、動揺を示さない俺に対して、遠呂智は、何故かニヤニヤと楽しげに聞いて来る。

何をこの男は喜んでいるのだろう?

「周瑜と、程普だ。」

「あっ・・・・・」

咄嗟に上げた声に、色濃い動揺が滲んでいた。

遠呂智が我が意を得たりと笑みを深める。

「息子と腹心の部下に同時に見捨てられた気分はどうだ?」

「・・・・・・・・・」

得意気な遠呂智には悪いが、周瑜と程普の手引きでの逃亡となると、状況が変わってくる。

これは、孫策の短慮に起因するものではなく、用意周到に練られたもののはずだ。

「時を同じくして、古参の武将達も、孫策を慕う勇将達もこぞって姿を消したぞ。」

続く遠呂智の言葉がその予想を裏付ける。

孫策や程普が俺を見捨てて逃げた?

そう思いたければ、思えばいい。

俺には、この一連の行動が俺の救出の目途が立ったことを示しているように見える。

しかし、それを遠呂智に悟らせるつもりはないから好都合だった。

「嘘だ・・・あいつが・・・俺を?」

肩を震わせ、そう呟く。

少々、演技臭すぎる気がしたが、薄暗いため問題ないだろう。

「クッククッ、そう嘆くな。見捨てられたとはいえ、流石にその死が伝われば少しは呉軍を動揺させれるかもしれないぞ?」

「俺を、殺すか?」

「殺しても良いが・・・・・・少々惜しい気もする。」

遠呂智の舐めるような視線が体を這う。

「妾として我に侍るならば、生かしてやってもいい。」

遠呂智が鷹揚に手を差し伸べてきた。

その手を取って生を選ぶか、跳ね付けて死を選ぶか、一応選択肢は用意されているが、死を選ぶことはないと確信しているようで、

俺が自らその手を取るのを待っている。

今まで遠呂智が、中途半端な触れ合いに終始していたのは、俺に自ら身体を開かせたかったからだろう。

初めて求められた時に”捕虜にはなったが、娼婦になったつもりはない”と強気に跳ね付けたのが感に障ったのかもしれない。

じわりじわりと俺を追いつめ、自ら遠呂智に落ちていくように仕向けている。

遠呂智の思惑通りになるのは癪だが、その手を取ると、指先に口付けた。

捕虜になった時、遠呂智の懐に飛び込んで、上手く立ち回ってやろうと思っていたはずだが、

実際に触れられると、不快感と自尊心が邪魔して、躊躇いが拭えないまま中途半端な態度を取ってきた。

しかし、この間の程普との邂逅で揺れていた心が定まった。

この身体一つで事が有利に進むなら、惜しむ必要はないのだと。

遠呂智との間で何があったとしても責めることなく、俺の全てを受け入れてしまう奴がいるのだから。

遠呂智の指に舌を這わせ、誘うように指を口に含んだ。

「んんっ・・・・はぁ・・・・」

口内を弄る指の動きに応え、甘く吐息を漏らす。

ゴクリと遠呂智が喉を鳴らしたのが聞こえた。

「まずは、我をその気にさせてもらおうか。」

遠呂智の手が髪を掴み、引き寄せる。

ふんっ、最初からその気なくせにと、胸の内で悪態をつくと、

その手に導かれるまま、遠呂智の股間に顔を埋めた。





そして、遠呂智がこの身体の上を過ぎ去った後には、肌に散る所有印に加えて、精液と血の臭いが残された。

痛みと疲労で身体を動かすのも億劫で、上がった息を整えながら、遠呂智が身なりを整えて部屋から去るのを待った。

遠呂智は随分と忙しく暗躍しているらしく、用が済んだらさっさと立ち去るのが常だった。

しかし、遠呂智は一向に去る気配がない。

「んっ・・・・・ぁ・・・・」

遠呂智の指が、つぅーっと背筋をなぞった。

情事の余韻を残した身体が、過敏に反応する。

「お前、男の情人がいたのか?」

首だけを捻って、遠呂智を省みると、こちらを憮然と見下ろしていた。

「ああ。いるぞ。悪いか?」

「いや・・・・あの、程普という奴か?」

「さあな。」

「息子と腹心の部下にというだけでなく、情人にも見捨てられたか。」

否定しないことを、遠呂智は肯定とみなしたようだった。

しかし、その声にからかう調子はなかった。

「想像に任せる。」

「つらい・・・か?」

はぁ??っと、思わず素っ頓狂な声を上げそうになった。

なんだ、その同情的な響きは?調子が狂う。

ただ身体を繋げただけで、遠呂智の態度がここまで変わるとは思わなかった。

一度抱いただけで、もう俺に溺れたのか?

だとしたら、遠呂智も随分とお手軽な男だ。

「つらいぞ。お前のは身体に見合ってデカかったからな。しばらく、動きたくないな。」

軽口で返すと、遠呂智は少しムッとしたように眉を顰める。

「孫堅。我は・・・・・お前が・・・・」

途切れた遠呂智の声は、切なさが滲んでいた。

「俺が?」

途切れた先を促したが、遠呂智は躊躇うように口を動かしただけで、その先を言葉にはしなかった。

ああ、コイツ、俺に惚れたかな?と感じたが、それ以上追及はしなかった。

「また来る。」

そう言って、遠呂智がやっと立ち上がった。

「ああ、待ってる。」

妾として振る舞うならば、多少の媚は必要かと答えたら、

遠呂智は一瞬目を見張り、そして嬉しそうに笑った。



ははっ、はははは・・・・・

遠呂智が部屋を去った後、不意に可笑しさが込み上げ来て、乾いた笑いを漏らした。

俺が待っているは、遠呂智ではなく、呉軍の救出の手だ。

見え透いた嘘に、そんなに素直な感情で対されては、調子が狂う。



つづきへ



















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