「親父ぃ!!無事か!?助けにきたぜぇ」

孫策逃亡の報せを受けてから10日後、夜陰に紛れて孫策達が救出に来た。

監禁されていた部屋の壁が爆破され、外に出ることが叶う。

「ああ・・策、俺はこの通り無事だ」

心配ないと笑みを向けると、労うように孫策の肩を叩いた。

孫策の隣にいた周瑜が進み出て孫堅の愛刀を手渡す。

受け取った、なじみのある重みに力がみなぎってくるのを感じた。

「救出が遅くなり、申し訳ございません。」

「周瑜、策を支えてくれたこと感謝するぞ。」

此処からが正念場だ。

誰一人欠くことなく、脱出してみせよう。

「手はずは、どうなっている?」

孫策や周瑜が打倒したオロチ兵から、草鞋や胸当てなどを剥ぎ取り、最低限の装備を整えながら問う。

「東から侵入しましたので、発覚したら真っ先に封鎖されるでしょう。

正面は警備が厚過ぎるため、西側を大きく迂回し、堀伝いに南東に抜けます。

近くの川で程公が船を手配して待っていますので、そこまで何としても駆け抜けてください。」

打てば響くように返ってくる周瑜の答えに頷く。

「俺以外に、此処に捕虜となっている者は?」

「蒋欽が」

「見捨てる訳にはいかんぞ。」

「南西の小屋に監禁されているはずですので、途中で救出します。」

「分かった。案内を頼む。」

孫堅は、孫策と周瑜の背に続いて駆けだした。







はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・

自分自身の息の荒さが耳に付く。

先ほどから、孫策と周瑜が俺を庇う様な動きを見せることが増えた。

予想以上に、体力の減りが早い。

ホウ徳の猛攻を交わし、蒋欽の救出も成り、あとは堀沿いに南東に抜けるだけ。

だが、追撃の兵の数が増えてきて、足止めを食う頻度が上がっている。

あと少しの距離が、はるか遠くに感じる。

堀の水が疲労を感じる脚には枷のように纏わり着つく。

「親父ぃっ!」

孫策の声に反応して咄嗟に身を沈めると、オロチ兵の刀が左肩を掠めた。

胸当ての紐が切れ、水の中に胸当てが落ちていく様子がゆっくりと見える。

少し遅れて、肩口に熱を感じた。

周囲の状況が、自分の感覚が酷く遠くに感じる。

背後のオロチ兵を倒さなければと振り返ろうとしたとき、孫策のトンファーが敵を殴り倒す音が聞こえた。

「親父ぃ!!大丈夫かよ!?」

再びの孫策の呼びかけに、ハッと我に返る。

孫策の手が二の腕を掴み、強い力で引き寄せられた。

今まで遠かった感覚が、自分の元に戻ってくる。

「ああ、大事ない、かすり傷だ。」

心配そうにのぞきこんでくる孫策に、フッと笑みを返す。

傷は問題ないが、体力的にずいぶん危うい。

しかも、オロチ兵は執拗に俺を狙ってくる。

気力で補うのにも、限界がありそうだ。

困ったなぁ〜と思いながら、腕を掴んだまま離そうとしない孫策を見ると、

こちらに視線を釘づけにされたように動きを止めていた。 「策?どうした?」

「・・・・相手、誰だよ?」

「ん?」

「・・・・・ぶっ殺してやるッ」

何事かと、孫策の視線の先を追うと、肌蹴た胸元から遠呂智との情事の痕が晒されていた。

「ああ、これか・・・遠呂智に執着されているみたいでなぁ。

故に、呉の力を集結し、十分な兵力と体勢を整えることが先決だ。今は置いておけ。」

ぶっ殺すのに異存はないが、闇雲に向かって行って倒せる相手ではない。

宥めるように、孫策の手に己の手を重ねる。

「今は逃げ切ることが肝心です。行きましょう。」

頃合いを見計らったように促す周瑜の言に従い、再び駆けだした。







「ちっ、囲まれたか・・・」

悔しげに孫策が吐き捨てた。

堀を抜け、城の敷地を抜けるまで後一歩というところで、敵に囲まれた。

今までに比べて数が多く、次の追手が来るまでに倒しきれないのは明白だ。

「お逃げください。奴等は我剣舞をどうしても見たいようです。」

俺と孫策を守るように前に出た周瑜の身体を、背後に押しやる。

「これは俺の役目だ。虎の牙は弱きものを守るためにある!」

「孫堅様!!」

悲痛な叫びを上げる周瑜に、笑みを浮かべて答え、取り囲むオロチ兵を切り捨てる。

「俺なら大丈夫だ。誇り折れぬかぎり、虎の牙も折れぬ!」

全員で逃げ切ることは敵わないが、全員が生き延びる術はある。

俺が逃げて周瑜が捕縛された場合、周瑜の命の保証はない。

だが、俺が再び遠呂智の手に落ちたところで、殺される訳ではないのだ。

生きてさえいれば、再起の道は必ずある。

「策、何をしている!行けっ」

「わかった!行くぜ!」

立ち去る孫策達の背を見送ると、孫堅はオロチ兵へと向き直った。







続く



















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