戦闘終了時に撤退中であった、太子享は、城内で他部隊が戻ってくるのを待っていた。
城門が開き、孫策・周瑜・周泰の隊が戻ってくる。
その先頭で轡を並べている孫策と周瑜を何気なく見ると
孫策に向かって笑う、周瑜の横顔に視線が釘付けになった。
今さら言うまでもなく、周瑜はとても美しい。
微笑みを浮かべている時はもちろん、厳しい表情をしている時や、戦闘中ですらもだ。
その美しさに目を奪われたことが、幾度となくある。
だから、周瑜の表情に魅せられること自体は、珍しくない。
しかし、孫策に対してみせる、周瑜の表情に魅せられた時には、いつもとは違う形容詞が頭に浮かぶことが多い。
自分よりも年上の、すこぶる美貌の持ち主に対して、「美しい」を差し置いて感じるのだ。
「可愛らしい」と。
でも、自分が良く周りから「可愛い」と評されることがあるから分かる。
男にとってその形容詞はなかなか素直に喜べるものではない。
女性や年上から言われたならまだしも、同年代やましてや年下の男から言われると、馬鹿にされているようにすら感じる。
だから、周瑜に対して「可愛い」と感じても、絶対に口にはしないようにしていた。
そのはずだったのに・・・・・
「お〜い。享!どうしたんだ?ぼ〜っとして。」
周瑜に見惚れていた太子享に、孫策が馬上から声を掛けた。
「すみません。周瑜様が可愛らしく見えてしまって。その・・・・」
撤退時の後遺症か?それともその時の周瑜の表情がとりわけ魅力的だったのか?
ぼ〜っと、その横顔を眺めていた太子享は、思ったままを素直に口にしてしまっていた。
太子享が、ハッと我に返ったときは既に遅かった、周瑜は顔を背け、手のひらで顔を覆っていた。
「こ〜きん。耳まで真っ赤だぜぇ〜」
「うるさい!!」
楽しそうに顔を覗き込む孫策に八つ当たりすると、周瑜は馬を下りて城の中へと歩いていってしまう。
その後を孫策が追いかけて行く。
太子享はその2人の後ろ姿を呆然と見送ることしかできなかった。
周瑜は人気のない場所まで来ると、壁を背にして座り込んだ。
赤くなったままの状態を隠すように、顔を両手で覆って俯く。
「可愛い」と言われたことぐらい多々ある。
孫策の腕の中で、耳元に唇が触れるぐらい近くで囁かれると、堪らなく感じることもある。
でも、ここまで羞恥心でいたたまれなくなったことはない。
誰がどう見ても「可愛い」容姿をした、ずいぶん年下の男に、逆に「可愛い」と言われてしまった。
揶揄したような風もなく、あまりにもさらりと言われたことで、
太子享が、本当にそう感じたのだと分かってしまった。
そのことが、更に周瑜の羞恥心を煽る。
なんだか、しばらく浮上できそうにない気がした。
しばらくそうしていると、足音が1つ近付いてきた。
孫策だということが分かったので蹲ったままでいた。
「大丈夫か?」
孫策は隣に座ると、周瑜の顔を覗き込む。
「恥ずかしくて、死にそうだ。」
「そんなお前も可愛いぜ?」
孫策はからかうように言うと、周瑜の髪を手にとってクルクルと弄ぶ。
「伯符・・・君は、私を慰めにきたのか?それとも、傷口に塩を塗りに来たのか?」
周瑜は、孫策の指に捕らわれていた髪を取り返すと、未だに赤く染まったままの顔で孫策を睨む。
孫策は周瑜の視線を悠然と受け止めると、嬉しそうに笑った。
「もちろん、その両方さ。」
「何?」
周瑜の語気が強くなるが、孫策が意に介する様子はない。
相変わらず、ニヤニヤと笑いながら周瑜を見ている。
「お前が望むなら、享の発言を忘れるぐらい”もっと恥ずかしいこと”をしてやってもいいぜ。」
「はぁ〜。もう・・いいよ。」
あんまりな、孫策の提案になんだか馬鹿らしくなってくる。
「なんだ。残念だな。」
孫策は全く残念そうでない調子で言うと、周瑜の頭をクシャクシャと撫でた。
その手を感じながら、周瑜はいつの間にか、気分が浮上していたことに気付いた。