ガッシャァ〜〜〜ン。


孫策の部屋の前を通りかかった周泰は、大きな物音に思わず立ち止まった。

様子を伺うと、孫策の怒鳴り声らしきものと、物が壊れる音が聞こえてくる。

十数日前から偵察に出ていた周瑜が、先ほど戻ったばかりで、

孫堅への報告を済ませた後、孫策の元に向かっていたはずだ。

まさか、喧嘩をしているのだろうか?

だが、破壊音が聞こえるほど激しい喧嘩をするとは意外だ。

どうしよう・・・・止めに入るべきだろうか?

しばらく扉の前に立ち尽くしていたが、物音が止むどころか激しくなっている。

周泰は、扉を叩き声を掛けたが、孫策も周瑜も気づく様子はなかった。

恐る恐る扉を開けると、目の前に水差しが飛んできて、慌ててよける。

「うわぁっ。」

部屋の中を見渡すと、周瑜の周囲に孫策によって投げつけられたと思われる種々の破片が散らばっていた。

周瑜が怪我をしている様子はないが、今にも倒れそうなぐらい顔色が悪い。

「伯符・・私の話を・・・・・・」

「聞きたくねぇな。そうやって、また俺を騙すつもりだろ?」

「まずは、落ちついて・・・話を・・・」

周瑜がゆっくり歩み寄ろうとするが、孫策はイライラと周瑜を睨み付ける。

「しばらくは顔も見たくねぇんだよ。さっさと、出て行け!!」

孫策が投げた杯が、周瑜へ直撃する軌跡を描いて飛んでいく。

避ける様子のない周瑜に、周泰が慌てて腕を掴んで引き寄せた。

「なっ、なにがあったか知りませんが、おっ、落ち着いてください。」

孫策と周瑜の間に立ち抗議したが、火に油を注いでしまったようで、孫策の怒気が膨れ上がる。

「何も知らないなら口を出すな!!俺を乱心させたくなければ、二人ともここから出て行け!!」

孫策が愛用の双剣を手に取り、切っ先を周泰へと向けた。

「伯符・・・・」

周瑜が呼びかけても、孫策からの返答はなく、殺気のこもった視線が返るだけ。

これ以上、この場に留まっても、事態は悪化するだけだ。

抉れたままにしたくない周瑜の気持ちも分かるが、ここは孫策の言う通り一度距離を置いたほうが良いと思う。

周泰は立ち尽くす周瑜の腕を引くと、部屋の外へと連れ出した。


扉を閉めると、孫策の殺気から解放され、ホッと息を付いた。

周瑜も気が抜けたのか、ガクリと体勢が崩れる。

周泰が慌てて抱きとめたが、周瑜はこめかみを押さえ、ふらつく足で立ち上がろうとする。

その様子から事態の深刻さが伺えて、心配だった。

「公瑾殿・・・顔色が悪いですが、一体何があったのですか?」

「心配はない。ただの寝不足で、諍いのせいではないから。」

周瑜に力ない微笑みが浮かんだ。

安心させようとしているのだろうが、余計に儚さをかもし出す結果となっている。

「それは、それで心配です。」

周泰は周瑜を両腕で抱き上げた。

寝不足だと原因が分かっているのなら、ちゃんと寝て欲しい。

きっと、起きたころには孫策も落ち着きを取り戻しているだろう。

力ない抵抗が返ってきたが、ものともせずに周瑜を部屋へと運ぶ。

「幼平!?大丈夫だから、下ろしてくれ。」

「駄目です。大人しくしないと、無理やり黙らせますよ。」

「あんな状態の伯符を放って行けない。だから、戻っ・・・・・んんっ・・」

周泰は足を止め、腕の中でもがく周瑜をきつく抱きしめると、唇を塞いだ。

「あっ・・・・よう・・へい・・・やっ・・・」

驚き逃げる舌を絡めとリ、深く口付ける。

周泰は抵抗を封じるように何度も口付けを繰り返した。

「はぁ・・・・ぁ・・・・もう・・分かったから。」

周瑜が、大人しく腕に収まったのを確認し、やっと口付けを解いた。

「分かっていただけたのなら、結構です。」

周泰は、周瑜をしっかりと抱え直すと、再び歩を進めた。



周泰は周瑜の部屋に着くと、周瑜をゆっくりと寝台へと下ろした。

両目を手のひらで優しく覆い、起き上がろうとする周瑜を止める。

「今は何も考えずに、休んでください。」

「無理だ。伯符のことが気になって、寝れないよ。」

「ならば、横になるだけでも少しは休まりますから。」

引く様子のない周泰に、周瑜が観念して身体の力を抜く。

周泰の指が、優しく髪を梳いた。

周瑜の心と身体を癒すように、穏やかな空気が流れる。

「幼平・・・今から聞いた事は明日には全て忘れて欲しいのだけど・・・」

「はい。お望みならば。」

「ふふっ。お前は優しいな。私は、ずるいだろう?その優しさに付込むようなまねをしてる。」

周瑜は自嘲の笑みを浮かべるが、あなたにならば例え利用されても本望だ。

役に立てるなら、いくらでも付込んで欲しいと思う。

「いいえ。甘えられたり頼られたりするのは、好きですから。」

「今回だって、伯符を説得して動くより、後で謝った方が楽だと考えたんだ。私は・・・やっぱり、ずるいよ。」

「公瑾殿は軍師なのですから、狡猾さも必要でしょう?」

「私的な感情が絡んだら別だと、気づかなかった私が悪いんだ。」

「そうですか・・・・」

「ああ・・・・事の発端は・・・・・」

周泰は、ポツリポツリと語り始めた周瑜をじっと見守っていた。

きっと誰かに話を聞いてもらいたかったのだと思う。

それが、自分である必要はないのかもしれないけど。

今、こうしているのが自分であることが、嬉しかった。






つづきへ



















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