孫堅は一人眠れぬ夜を過ごしていた。

今日は、戦場で猛将・華雄の追撃を受けた。

俺はこんな所で終わるのかと死をも覚悟した時、配下の一人が囮となって敵を引き付けると言い出した。

躊躇う孫堅の頭巾を奪うと「殿の道は俺が切り開いてみせます」と逆方向へ駆けていった。

敵の狙いが逸れたのが分かった。

叶わぬ願いだと分かってはいたが、必ず俺の元へ戻って来いと心の中で祈っていた。

そして数刻前に、囮となった男が戦死したという報せが届いた。

孫堅は「そうか・・・」と呟いたきり、報せた者を労う言葉すら発することができないでいた。

その様子を案じた程普らの勧めで早めに床についたが、

横になっても目を閉じていても、全く眠れなかった。



夜が更け、周囲が寝静まったころ、孫堅は枕元に何者かの気配を感じた。

程普や黄蓋が俺を案じて様子を見に来たのだろうかと、ゆっくりと目を開く。

そして、その姿を認めた瞬間、孫堅は飛び起きていた。

そこには、先ほど戦死したとの報せを受けた男が立っていた。

その事実が信じられなくて、存在を確かめるように腕を伸ばす。

「祖茂!?・・・良くぞ戻っ・・・・」

だが、祖茂の腕に触れた孫堅は、それ以上言葉を続けることができなかった。

再度確かめるように掴み直した手が震えた。

祖茂の腕が、冷たい。

夜気に冷えたという類のものではなく、全くぬくもりが感じられない。

まるで、死人に触れているような・・・・・

「お前は、もう・・・・・」

死んでいるのか?と続くはずの問いが口の中で消えた。

でも、寂しげに微笑んだ祖茂の表情が、その問いを肯定している。

「殿のご無事な姿を一目見たくて、このような姿で・・・・未練がましくも戻って来てしまいました。」

祖茂が少々ぎこちない動きで、孫堅へと近づく。

掴まれていない方の腕で、孫堅の体を引き寄せ、抱きしめる。

「ああ・・・・殿がご無事で・・・・良かった・・・・」

「祖茂・・・・」

祖茂は、掠めるように孫堅の唇に接吻すると、その身を引いた。

たった一瞬の口付けを残しただけで、祖茂は一歩、また一歩と後退する。

これで祖茂が満足して逝けるのならば、静かに見送ってやるべきなのに、

消えないで欲しいという望みを抑え切れずに、引き止めてしまう。

「待て!!まだ・・・逝くな!!」

孫堅は祖茂の腕を引き寄せ、唇を重ねた。

途惑う祖茂の唇を舌で割り、深く口付けを交わす。

「あぁ・・・殿・・・そんな・・・」

「祖茂・・・もっと・・・・」

孫堅は口付けの合間に、誘うように囁いた。

孫堅の肩を抱き寄せる祖茂の腕に力がこもる。

「すみません。俺は、もう・・駄目なんです。」

「祖茂!?」

謝罪と共に、祖茂が孫堅の体をガバリと引き離す。

祖茂は寂しげな瞳で孫堅を見つめていた。

「お前が、すでに死んでいることなど分かった上で言っている。

それでもお前は俺に会いたくて戻ってきたのだろう?ならば、あの程度で満足して逝くなよ。

俺にお前の存在を刻みつけてから逝ってやるってぐらいの根性を見せてみろ!!」

「違うんです。・・・俺は、もうこれ以上望んでは駄目なんです。」

孫堅の言葉にも、祖茂は頑なに”駄目”だと繰り返す。

「何で駄目なんだ?」

「殿に後悔して欲しくないのです。」

「後悔などせぬ。俺は、もっとお前を感じたい。それでもお前は・・・駄目と言うか?」

祖茂の目をじっと見つめた。

祖茂の困惑が伝わってきたが、ここで手を離した方が、後悔すると思った。

それに、困惑の奥に隠しきれない欲望が見える。

俺に触れたいと思っているくせに、最期まで何に遠慮をしているのか?

それが、俺に対するものならば不要だと言ってやりたかった。





つづきへ






















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