天啓孫堅が程普達と遠征に出発した。

またもや、置いて行かれた朱治は、城門の上から出立する孫堅達を見送っていた。

ぼんやりと見つめる先には、もう既に孫堅達の姿は見えない。

はぁ〜〜。

朱治が切ないため息を漏らす。

自分の想いが届いたと、天啓孫堅に受け入れてもらえたと、そう思った。

「朱治、おいで。」

と、極稀にではあるが、寝台に誘ってれる事だってある。

その触れ合いは、抱き枕の域を出ないものではあるのだが、それでも過ぎた幸せだと思う。

そう思っていたのに、1つ手に入れたら、さらにその先が欲しくなる。

もっと、もっとお側にありたいと思う。

そして何より、武将であるからには、戦場でお役に立ちたいという思いは強い。

なのに、何度お供を申し出ても、天啓孫堅は渋い顔をして、一度も首を縦に振ってくれない。

ただ柵を持っているというだけで、不動の位置にいる韓当が羨ましくてたまらない。

何故こんな事態になってしまったのか?

私の計略が再起の擁護者だった時は、「お前の計略に助けられている。」と何度も言われた。

自分が外されるなどと考えたこともなく、柵がないことを気にしたことすらなかったのに。

今は、例え知力が1でも計略がカスでもいいから、喉から手が出るほど柵が欲しい。

柵持ちの弓兵全てに嫉妬が湧きおこり、太子享など視界を過っただけでも不快になる。

天啓孫堅に望まれる要素のない、自分のスペックが忌々しい。

重用されている、他の武将と比べる度に落ち込んでいく。



「よぉ。朱治ちゃん。相変わらずだな。」

一人、負の思考に陥っていた朱治に、漢軍孫堅が声を掛けた。

いつの間にか、朱治の背後に来ていたらい漢軍孫堅が、馴れ馴れしく肩に手を回す。

朱治はその手からするり逃げると、眉をしかめて思いっきり顔を反らした。

「・・・・・・・・・・」

無言により、精一杯の拒絶を示す。

「おいおい。つれないなぁ。」

漢軍孫堅は、朱治が示す拒絶に気付いても、楽しそうに顔を覗き込んでくる。

からかうような軽い口調に、馬鹿にされている気になった。

少し前までは、同じように声を掛けられても、元気づけようとしてくれているんだ。

私を気に掛けてくれているんだと、好意的に受け止められたのに。

今は、その言葉も、笑みを浮かべた口元も、全てが悪意に満ちて見えてしまう。

「天啓のに置いてかれた八つ当たりか?」

可愛い子に、当たられるんだったら悪くないなぁ〜などと調子の良いことを続ける漢軍孫堅に

朱治のイライラが更に募る。

「・・・・・・違います。」

「お〜い。違うって・・・なら、俺がなんかしたかよ?」

その能天気な問いが、朱治の怒りに火を灯した。

何をしたかですって!?

協力する振りをしておいて、天啓の殿を寝取ったくせに!!

そう叫びそうになるのをグッと抑える。

甘い言葉に騙されて、協力するから任せろと言われて信じた自分が馬鹿だった。

漢軍孫堅にとって、天啓孫堅との関係は単なる戯れなのだろう。

だから、朱治が十年近くも望んで手に入れられなかった関係を、意図も簡単に手に入れておいて、

それが、当り前だと言わんばかりの振る舞いをする。

天啓孫堅の懐にするりと入りこめる立場こそが、朱治が柵以上に喉から手が出るほど欲しているものなのに。

朱治が「酷いです!!騙したんですか?」と責めた時も、

漢軍孫堅は、「俺は約束通りの状況を作ってやっただけだぜ?」

「俺の協力で前より上手くいくようになっただろう?」などと臆面もなく言ってのけた。

漢軍孫堅にとっては、協力の過程でしかない事に、海よりも深く嫉妬している自分がいる。

悔しくてたまらなくて、涙が出てくる。

「あなたなんか、大っ嫌いです!!」

朱治は漢軍孫堅をキッと睨みつけて、そう叫ぶと、城門の上から一気に駆け下りた。

そのまま、自分の室に直行すると、寝台に突っ伏して顔を埋めた。

嗚咽と怨嗟の唸り声を敷布に押し付けて殺した。

涙がとめどなく溢れ、敷布を濡らしていく。

漢軍孫堅には、明確な悪意や騙すつもりはなかったのだろうということも、

漢軍孫堅自身が過程を存分に楽しみはしたのだろうが、協力する気が全くなかったわけではないとも、本当は分かっていた。

だからこそ、余計に悔しい。

「大嫌い・・・・」

そう呟くと、面と向かって「嫌いだ」と叫んだ時の漢軍孫堅の顔が浮かんだ。

少し驚いたように目を見張ったあと、とても嬉しそうに笑っていた。

自分の怒りなど、漢軍孫堅にとっては取るに足らないものだということだろうか?

でも、その時に浮かべていた笑顔は、包み込むように優しくて・・・・

「嫌い」と言われた相手が浮かべる表情としては、少々そぐわない気がした。






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