いつものごとく、「雄飛孫策・赤壁周瑜・R周泰・太史享」という布陣で戦に臨んだ。
このデッキのメイン計略は雄飛の時と赤壁の大火である。
計略使用頻度は、雄飛5:赤壁4:その他1といったところ。
いつも華々しい活躍をするのは孫策と周瑜であり、他2人はその補助に徹するのが常である。
しかしながら、今回の戦の華は、珍しくも太史享であった。
序盤はきっちり伏兵を掘り、うっかり発生した勇猛持ちとの一騎打ちもドローで収め、隙を見ての端攻城と
呉軍にとって貴重な一コス騎馬としての役割を十分に果たした。
その上、計略使用においてもこの戦の鍵を担ったのである。
このような経緯のもと、太史享は戦が終わって引き上げてきた城内で孫策と周瑜に手放しで誉め称えられていた。
「すげーな。おい。今日の戦はお前が手綱を握っていたかのようだったぜ!!」
孫策の手が頭に伸び、髪をクシャクシャっとかき混ぜる。
乱された前髪の間から見上げると、孫策の隣に佇む周瑜と目があった。
「状況判断も的確でしたし、成長しましたね。」
目が合ったまま、優しく微笑まれる。
まるで花が咲いたような微笑みに出会い、急に動悸が乱れ始めた。
「ご・・ご指導の賜物です。」
口は上手く回らないし、きっと顔も真っ赤になってしまっていると思う。
「なんだ?照れてやがるのか〜?」
孫策にからかわれたが、赤面した理由は褒められたからじゃないのは明らかだ。
太史享は、ずっと周瑜に対して憧れを抱いていた。
突出した武勇を持つ、父親や孫策を目指しても敵わないことは分かっていた。
だから、知略と武勇を併せ持つ、周瑜のようになりたいと思った。
そう思いながらも、ただ遠くから見ているしかできなかった。
しかし約一年ほど前から、共に出陣できる機会に恵まれ、その距離が一気に縮まった。
少しでも、近づきたくて状況が許す限り、周瑜の姿を見て学んだ。
ずっと見ているうちに、周瑜のふとした表情に息を飲むことが多くなった。
自分達を蚊帳の外にして繰り広げられる、孫策と周瑜の語らいに、胸が痛くなることもあった。
周瑜に触れられると、嬉しいのに逃げ出したくなった。
初めて覚える、制御不可能な感情の揺れに戸惑い、父親に相談したら、
「・・・・それは、恋だな。」
と苦笑と共に答えが返ってきた。
「まあ、初恋は実らないのが定石だがなぁ。いい思い出になるといいな。」
相手は明確にしていなかったはずなのに、そう言って、ポンっと頭を撫でられた。
「・・・か・・・欲しいもんあるか?」
「ふぇっ!?」
太史享は自らの思考に沈んでいたため、孫策からの問いに間抜けな返事をしてしまった。
「なんだよ?ぼーっとして。だから、今日の褒美になんか欲しいもんねぇかって聞いてんだよ。」
「あ・・あの・・・」
急には思いつかずに戸惑っていると、また周瑜が優しい微笑みを浮かべて言った。
「私達に用意できる範囲内のものなら、なんでもいいですよ。」
しかし、その一言で頭のなかが、余計に混乱した。
周瑜様達から、もらいたいもの・・・・周瑜さまから、欲しいもの・・・・なんでもいいなら・・・
「あの・・・・周瑜様・・・あ・・・私は・・・・」
私は、周瑜様が欲しい。
心の中の声が今にも口から飛び出てしまいそうだ。
でも、孫策の存在が、溢れ出しそうな想いに歯止めをかける。
一心に周瑜を見つめながら、あの・・あの・・と不明瞭な答えを繰り返していると孫策に笑われた。
「ははは〜。取り合えず、俺じゃなくて公瑾から貰いたいみてぇーだな。」
「いや・・・あの・・・それは・・・」
「んじゃ、俺は今日まったく活躍できなかった周泰でもからかいに行ってくるか〜後は任せたぜ、公瑾。」
ひらひらと手を振り、この場を後にしようとする孫策の袖を、周瑜が掴んで引き留めた。
「伯符・・・・」
しばらく見つめ合った後、孫策がニヤリと笑みを浮かべた。
「だ〜か〜ら〜お前に任せるって、な?」
わずかに驚きを見せた周瑜が、孫策から手を離す。
周瑜は、じゃあなぁ〜といって立ち去る孫策をしばらく見送っていたが、
ひとつ溜息をつくと、太史享に向き直る。
「あっ・・・・すみません・・・・私は・・・」
アワアワと相変わらず慌てていると、周瑜が孫策に乱されたままになっていた太史享の前髪を梳いた。
「慌てなくても大丈夫ですよ。落ち着いて。」
「はぁっいっっ!!」
そんな・・・そんな・・・落ち着くどころか、今までの倍以上に鼓動が速くなった気がする。
「何が欲しいんですか?」
「あなたが・・・・」
「・・・・・・・」
思わず口走ってしまったが、周瑜は驚くでもなくじっと太史享を見つめていた。
「あの・・好きです!!・・・私は周瑜様が好きなんです!!」
興奮と恥ずかしさで涙目になりながら、必死に言いつのる。
「あなたの気持ちはあがたいのですが・・・・・」
困ったように周瑜が告げる、その先の分かりきった答えを聞きたくなくて遮ってしまう。
「分かっています!!分かっていますから・・・・。せめて・・思い出を。私に、思い出をください!!」
そう言って、一心に周瑜を見つめた。
「それが、あなたが欲しいご褒美ですか?」
「はい。」
「それでは、あたなが活躍するたびに望まれてしまうのでしょうか?」
「いいえ。たった一度の、思い出を。」
もちろん、望んで得られるならば、欲しいに決まっている。
でも、分不相応な望みは、全てを台無しにしてしまうから、欲張ってしまいそうな自分を戒める。
「わかりましたから、泣かないで。」
周瑜に言われて、初めて自分が涙を流していることに気づいた。
周瑜の唇が涙を拭うように、頬に触れる。
「あっ・・・周瑜さま??」
その行為に驚いているうちに太史享の唇に、周瑜の唇が重なっていた。
しかし、軽く唇を吸っただけで、周瑜は離れていってしまう。
太史享は追いかけるように背延びをすると、今度は自分から周瑜に唇を重ねた。
反射的に身を引こうとした周瑜の腕を掴み引き寄せる。
腕を掴んだのとは反対側の手を後頭部に回し、深い口付けを求めた。
求めに応じた周瑜の腕が太史享の腰を引き寄せる。
望み通りに与えられた深い交わりに酔いしれる。
「んんっ・・・・・・はぁ・・・・・しゅうゆさま・・・」
太史享は口付けの余韻に浸りながら、離れていく周瑜の唇をぼんやりと見つめた。
唾液で濡れた唇はひどく艶めかしい。
この唇を濡らす唾液は周瑜さまのだろうか?それとも私の?
ああ、違う。私と周瑜さまのが交り合って、その唇に艶を添えているんだ。
そう思ったら、かぁああ〜っと全身が熱くなった。
くらくらと引き寄せられるままに周瑜の頬を包み込むように手を伸ばし、親指で唇に触れた。
唾液を拭うように指で唇をなぞる。
「・・・・享?」
戸惑いを浮かべる周瑜の表情が、体の中に灯った火を煽る。
分不相応な望みは全てを台無しにしてしまうと分かっていたはずなのに。
欲情の炎に飲み込まれて歯止めがきかない。
「周瑜様が好きです。あなたが・・・」
「お〜い。こぉ〜き〜ん。そろそろ終わったかぁ〜?」
背後から聞こえてきた孫策の声に、太史享は続く言葉を飲み込んだ。
熱に浮かされていた頭の中が、一気に冷える。
声はのんきな調子だったけれど、僅かに殺気を感じた。
怖くて、後ろを振り返ることがることができないし、決して振り返ってはならない気がした。
「ありがとうございました!!失礼します!!」
周瑜に向ってそう言うと、太史享は、わき目も振らずにその場を逃げ出した。
孫策は逃げた太史享を一瞥しただけで、ゆっくりと周瑜へと近づく。
「こ〜の、浮気者〜」
声はからかう調子だけど、目が笑っていない。
「伯符に文句を言われる筋合いはないはずだが?」
「なんだよ?開き直るのか?」
「わざわざ私と享を2人きりにした癖に。」
声に孫策を責めるような響きがある。
周瑜からしてみれば、孫策の怒りは逆切れに等しい。
「まあな。恋する乙女に思いを告げる機会をやったまでだ。一応、褒美のつもりでな。」
「・・・・・・・」
「なぁ公瑾。お前に任せるとは言ったがよ。いったいお前は、享にどこまで許すつもりだったんだ?」
「恋する乙女の想い出に・・軽い接吻程度。」
周瑜はそう言って、何が悪いとばかりに孫策を見返す。
「それは想定の範囲内だぜ?」
「なら、問題ないじゃないか。」
自分で想定の範囲内と言っているにも関わらず、孫策の怒気が和らぐ気配がない。
孫策は周瑜の頬を包み込むように伸ばすと、親指で唇に触れた。
口付けの余韻を残した、唇の感触を指の腹が確かるように動く。
その行為に感じる既視感に、ふと疑問が浮かんだ。
「伯符・・・いったい何時から見てたんだ?」
「全部さ。」
「・・・・・・」
まさか、始めから見られていたとは思わず、絶句した。
「お前が許した軽い接吻も、お前が流されて受け入れた口付けも、欲情した男に不用意に触れさせていたことも、全部だ!!」
言葉を失った周瑜に、孫策が怒りも露わに詰め寄る。
怒りの訳は分かったが、きっかけを作ったのは孫策だという思いが拭えず、素直に謝る気が起きない。
「覗きとは、悪趣味だ。」
そう返したら、火に油を注ぐ結果になった。
「公瑾!!俺を本気で怒らせたいのか?」
ギリリと強い力で顎を掴まれ、怒りに燃える視線と真っ向から対峙させられた。
「っ・・・・油断したのは、悪かったとは・・・・」
視線に負けて謝罪を口にしたとたん、噛み付くように唇が重なった。
嵐のような孫策の怒りに翻弄されるがまま、口付けを受け止める。
「・・・はぁ・・・・んっ・・・・・はく・・ふぅ・・・」
口付けの合間に、意図的に甘い声で孫策を呼ぶ。
謝るように、宥めるように繰り返していると、やっと荒々しい口づけから解放された。
少し怒りを解いた孫策が、唇を啄ばむような接吻を繰り返しながら問う。
「なぁ。お前はこ〜ゆ〜口付けを俺以外の奴としたいと思うのか?」
「思わないよ。」
「なら、二度とすんなよ!!」
自分で誘発する状況を作っておいて、勝手な言い草だと思う。
しかも、最初から見ていたのは、何のためだ?
心配で見ていたのか?だったら、もっと早く止めに入れば良かったじゃないか。
元々私と享の口付けを覗き見て楽しむつもりだったんじゃないのか?
だったら、本当に悪趣味だ。
「・・・・わかったよ。」
周瑜は、素直に頷きながらも、絶対後で問い詰めてやろうと心に決めた。