孫策は周瑜と手近な部屋に入ると、床に腰を下ろした。

向かいに座った周瑜に対して、まずは自己紹介から始めた。

「お前は呉の軍師で、姓は周、名は瑜、字は公瑾という。

俺は呉の君主の息子で、姓は孫、名は策、字は伯符だ。」

「・・伯符さま・・・」

周瑜が、ゆっくりと響きを確かめるように孫策を呼んだ。

「だけど、俺とお前は子供の頃からの親友だ。だから、遠慮なく俺を頼れよ。」

「分かりました。」

「じゃあ、何から話してやろうかな・・・・」



その後、じっくりと時間をかけて話をした。

周瑜が望むままに、一通りのことは語って聞かせたが、記憶が戻る兆しはなかった。

熱心に話しを聞いていた周瑜に、徐々に焦りが見え始めた。

時折、こめかみを押さえる仕草をする。

周瑜の不安や焦燥も分かるが、無理はさせたくない。

「大丈夫か?」

「はい。ですが、何も・・・思い出せません。」

「焦ることはない。今日は、ここまでにしよう。」

「ですが・・・・。」

不満そうな周瑜を、宥めるように手を伸ばした。

指先で頬に触れ、ゆっくりと輪郭をなぞる。

不快感を見せないのを良いことに、頬を包み込むように手を滑らせた。

無意識に、指が周瑜の耳朶を弄ぶように動く。

「あっ・・・・・伯符さま?」

「っ・・・・わりぃ。」

周瑜の戸惑いを含んだ声音に、弾かれた様に手を離した。

今の周瑜に、性的な意味合いを持つ触れ方をするつもりは無かったのに、

習慣というものは、恐ろしい。

だが、中途半端に浮いた手を持て余していると、周瑜がその手を取り、指先に口付けた。

指や手の甲に音を立てて何度も口付ける。

周瑜は口付けの合間に誘うように孫策を見つめた。

「止めろよ、公瑾。何のつもりだ?」

「何も。ただ、自然とこのような気分になっただけです。」

「嘘つくな。記憶を・・・・・」

続く言葉を遮るように、周瑜の口付けが孫策の唇を塞いだ。

唇が触れ合うだけの短い口付けだったが、孫策の言葉を奪うには十分な効果を発揮する。

「もっと知りたいのです。あなたのことを。」

「公瑾・・・・・」

「伯符さまを、もっと近くで感じさせてください。」

吐息を肌に感じるほどの近さで、周瑜が囁く。

記憶のない周瑜に手は出すまいと思っていたのに、こんな風に求められるとは想定外だった。

だが、身体を重ねることで記憶が戻るかもしれないという期待感が、周瑜を突き動かしているような気がする。

確かに、身体が覚えていることもあるかもしれなが、何故か嫌な予感がした。

身体を重ねるのは、今の周瑜をもう一度俺に惚れさせてからでも遅くないと思う。

でも、愛しい相手からの求めを拒みきれる自信はなかった。

「焦るなよ、公瑾。お前に、後悔させたくないんだ。」

理性を総動員させて、周瑜の誘惑を振り切ろうと試みる。

その心の揺らぎを見計らったように、周瑜の手がゆっくりと孫策の肌に触れた。

周瑜の指が、孫策の肌を辿り劣情を煽る。

「伯符さまは・・・・私に後悔させるつもりがあるのですか?」

「今はな。心が繋がっていない相手と身体を重ねても虚しいだろ。」

「優等生な答えですね。・・・・ですが、私が欲しくないのですか?」

「・・・・そりゃ・・・・・」

「私はあなたが欲しい・・・・」

周瑜の腕が孫策の首にするりと回り、膝の上に跨る。

密着した体から伝わるぬくもりに、眩暈がしそうだ。

互いの鼓動が、せわしなく時を刻む。

唇がゆっくりと重なった。





つづきへ























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