孫堅のもとを訪れた孫策と周瑜は、挨拶もそこそこに抱きしめられていた。

「二人とも、大変だったな。」

そう言って、それぞれの背を孫堅の手が優しく包み込む。

「ちょっ・・・ガキ扱いすんなよ!」

孫策は、すぐに孫堅の腕から抜け出したが、追い討ちをかけるように伸びた孫堅の手に髪をクシャクシャにされる。

だが、どう反応していいか分からずに戸惑う周瑜は、抜け出す機会を逸していた。

初めに労いの言葉を発したきり、孫堅はただ黙って周瑜の肩を抱く。

着物越しに、ゆっくりと刻まれる孫堅の鼓動を感じる。

温かな腕と、穏やかな雰囲気に包み込まれる。

ずっと、気が張り詰めていたことに気づかされ、

不意に、涙腺が緩みそうになった。

このままでは、いけない。何か話をしなくてはと口を開く。

「この度は・・・ご迷惑をおかけして申し訳ございません。」

「気にすることはない。」

「ですが、以前のようには・・・・・・」

「前と同じである必要はないぞ。今のお前がしたいこと、出来る事をすればいい。」

「・・・・・はい。」

小さく肯いた周瑜を、孫堅が一際強く抱きしめた。

「良い子だ。」

「あっ・・・殿・・・」

子供扱いされているはずの言葉なのに、何故か胸が高鳴った。

ゆっくりと見上げると、吸い込まれそうな紫色の瞳に出会った。

くらくらと眩暈に似た感覚に襲われる。

自分のものであるはずの身体と意識が遠く感じた。



不意に周瑜の身体がぐらりと傾いだ。

その身体を、孫堅の腕が咄嗟に支える。

「公瑾?」

「公瑾!!大丈夫かよ?」

今まで静観していた孫策が、慌てて駆け寄り孫堅から周瑜を奪う。

ゆっくりと周瑜の身体を横たえると、上体を抱き起こし顔を覗き込む。

「公瑾。公瑾。」

呼びかけながら、軽く頬を叩く。

嫌な、既視感に焦りが広がる。

昨日、戦場で息が止まりかけていたというのに、気にかけたのは、記憶の行方ばかりで。

体調を気遣うことなく、ずいぶんと無理をさせたと思う。

ずっと、側に居たのだからもっと気をつけてやるべきだったのに。

「んっ・・・・・・・・」

周瑜の唇から僅かな吐息が漏れ、息をしていることにまずは安堵した。

だが、目を覚ます気配はなかった。

孫策の逆側からは、孫堅が周瑜を覗き込む。

「疲れているのではないか?ゆっくり休ませてやれ。」

「ああ・・・分かって・・・る。」

孫策の声が、少々沈んで聞こえた。

孫堅は、周瑜を見つめる孫策の目に影を見た気がした。

さすがに今回の件では気疲れぐらいするだろうが、らしくない。

「策・・・。お前は、大丈夫か?」

「俺?大丈夫に決まってんだろ。」

「ならば、良いがな。お前も、無理をするなよ。」

「分かった。」

周瑜を両腕で抱き上げ、孫策が立ち上がる。

孫策が腕の中の周瑜を見つめる。

愛しさの中に、切なさを秘めた視線が注がれていた。

もし、周瑜の記憶が戻るまでに時がかかるようならば、

新たな関係を築くのに、一番困難を要するのは孫策かもしれないと思った。

「困ったことがあったら、相談に乗るぞ。」

部屋を出ようとしていた、孫策の背に声を掛ける。

フッと笑みを浮かべて振り返った孫策に、頼りなさは欠片もない。

「ん〜〜〜。それより、公瑾のこと、気に掛けてやってくれよ。俺じゃ及ばないこともあるだろうし。」

その応えを聞いて、孫堅は余計に孫策のことが心配になる。

もうちょっと、頼ってくれればいいのに。

構い過ぎると、子ども扱いするなって怒るからなぁ〜

しばらくは、口出しはせずに見守ってやるしかないだろう。

だが、少々嫌な予感がした。





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