戦の終了間際に、周瑜に6本の雷が落ちた。
孫策や周泰がピンで狙われることは日常茶飯事だが、周瑜にとは珍しい。
振り返った孫策の視界に、ぐらりと上体が揺らぎ、落馬する周瑜の姿が映った。
孫策は、慌てて駆け寄ると周瑜を抱き起こす。
「大丈夫か!?公瑾!!」
身体を揺さぶり、呼びかけるが反応がない。
落雷によるショック状態なのだろうか?
顔を近づけるが、呼吸音が聞こえなかった。
「公瑾。公瑾。」
頬を叩き覚醒を促すが、気づく様子がない。
孫策は指で周瑜の唇をこじ開けると、息を吹き込んだ。
一定の間隔をあけ、唇を重ねるが、呼吸が回復する兆しが見えない。
焦りと恐怖心に突き動かされ、周瑜の体を激しく揺さぶった。
どうか戻って来てくれと、祈るように息を吹き込む。
「公瑾!!頼むから、息をしてくれ!!」
「かはっ・・・・はぁ・・・はぁ・・はっ・・・ぁ・・」
孫策の祈りが通じたのか、周瑜の呼吸が回復した。
荒い呼吸が次第に落ち着き、ゆっくりと周瑜が目を開ける。
「ああ・・よかった。公瑾、俺がわかるか?」
呼吸と意識の回復に、ほっとして周瑜を覗き込んだ。
だが、周瑜の瞳が不安気に揺れる。
自分を見上げる視線に、何故か違和感がある。
「ん?どうした?気分が悪いのか?」
乱れて頬にかかる髪を撫で、優しく問いかけた。
「あっ・・・あの・・・・分からないのです。」
「えっ?何がだ?」
「私の置かれた状況も、私自身のことも、そしてあなたのことも・・・」
「まさか!?嘘だろ?」
驚きに思わず声を荒げると、怯えたように周瑜の目が伏せられる。
「・・・申し訳・・・ございません。」
消え入りそうな声で謝る周瑜に、そっと腕を伸ばした。
頬に触れると、伏せられた瞼が震え、おずおずと孫策を見上げる。
頼りない風情に、保護欲がそそられる。
周瑜自身が一番不安なはずだから、安心させるよう穏やかな声で話しかけた。
「いや・・怒った訳じゃねぇし。大丈夫だからな。」
「・・・・・すみません。」
「心配すんなって、忘れちまったんなら、ゆっくりと思い出していけばいいんだ。」
「はい。」
少々ぎこちなさはあるが、周瑜に僅かな笑みが浮かんだ。
「・・・・っ公瑾!!」
取り乱すことなく、現状を受け入れようとしている姿が愛しくて、
思わず、周瑜を抱きしめていた。
もしかしたら、嫌がられるかもしれないと思ったが、
周瑜は拒絶することなく、腕の中で大人しく身を委ねている。
それどころか、孫策の胸に頬を寄せる仕草さえ見せた。
頼れる相手だと認識してくれているのだろうか?
そう思うと、こんな状況にも関わらず嬉しいと感じてしまう。
しばらく無言で抱きしめていたら、腕の中から躊躇いがちな声があがった。
「お願いがあるのですが・・・」
「何だ?」
「あなたは、私のことを良くご存知なのでしょう?」
「ああ。」
「私のことや、あなたのことを教えてください。思い出す切欠になるかもしれません。」
そう言った周瑜は、じっと孫策を見つめていた。
そこには多少の不安は残っていたが、怯えや頼りなさは消えていた。
こんな状況に陥っても、周瑜は冷静な判断ができているのかもしれないと思った。
少なすぎる情報の中でも、必死に状況を把握しようとしているのだろう。
記憶がなくても、本質は変わってないのだと気づいた。
大変なことが起こっているはずなのに、少し気が軽くなった気がした。
「そうだな。じゃあ、取りあえず城に戻るか。」
孫策は、立ち上がり周瑜の手を取ると、城内へと導いた。
つづきへ