周瑜は周囲を見渡した後、再び孫策へと視線を戻した。
全く引く気配がない孫策に、自分が戦場に立つのは不可能だと悟る。
ならば、代わりの武将を手配しなければならない。
弓兵を率いることができる者、私の隊の兵達が従う者。
そして孫策との相性が良い者ならばさらに望ましい。
適任者はすぐ近くにいるが、危険な戦場に送り出すことに躊躇いがあった。
しかし、今の状況を冷静に考えたらそれが上策。
「分かった。大人しく寝ているよ。」
周瑜は孫策に告げると、力を抜き身体を寝台に沈めた。
孫策が、あからさまにホッとした表情を浮かべる。
肩を押さえつけていた孫策の手が解かれ、やっと身体が自由になった。
「じゃあ、お前の兵は俺の援護兵ってことでいいな。」
そう念を押すと、孫策が立ち上がる。
「待ってくれ。」
周瑜は起き上がると、孫策の袖を掴み引き留めた。
急激な動きに、目眩がして掴んだはずの手が力なく滑り落ちる。
寝台の側に舞い戻った孫策が、周瑜の身体をゆっくりと寝台へと横たえる。
「どうした?」
「周姫に私の兵を率いさせる。兵種特性の合わない援護兵とするよりは、役に立つはずだ。」
「お前・・・本気か?」
孫策が探るように周瑜を見つめる。
「心配でないと言うと嘘になるが、伯符との相性は群を抜いているし、何より周姫自身がやる気のようだ。」
先ほど周瑜が、”周姫に私の兵を”と言った瞬間、周姫の表情がぱぁっと明るくなった。
きっと、言い出したくてウズウズしていたのは、このことなんだろう。
よく孫策と一緒に戦場に出てたいと言っていた。
その度に、”たとえ愛しい我が娘の頼みでも、伯符の隣は譲れないな”と返していたのを思い出す。
でもそれは、”我が娘でも”ではない、似ていると称される”我が娘だからこそ”譲りたくないという気持ちがあった。
「公瑾・・・本当に、いいのか?」
そんなことを思い出していた時に、孫策の問いが重なった。
孫策の視線に、心の底まで見透かされているように感じる。
病を得たのは、自らの不覚。
自分が戦場に立てず、他の武将の当てもない現状では、周姫に兵を託すのが上策。
”孫策の隣は譲れない”
それを今の状況で口にしたらただの我儘にしかならない。
分かっていて問いかけたのならば、ずいぶんと意地が悪いと思う。
「・・・・・・それは・・・」
うっかり、駄目だと口にしてしまいそうで言いよどむ。
「駄目よ。そんなのズルイわ。」
そんな周瑜の代わりに、異を唱えたのは小喬だった。
「周姫ばかり、ズルイわ。あなたやあなたの大切なものを守りたいのは、私も同じです。
それに、周姫が指揮できるのは、あなたの兵の半数が良いところ。
残りの半分は私に任せてくださいませ。」
「いつの間に、弓兵を率いれるようになったんだ?」
「弓兵も、弓を置いてしまえば歩兵になります。」
「ずいぶん強引だな・・・・・」
頭数としては合うが、この布陣では小喬の計略の有効性がみえない。
通常、孫堅・孫策と相性が良い計略だが、唯一江東の小華を必要としない組み合わせだ。
まさか、”孫策の隣は譲れない”という私の我儘を察知したのだろうか?
二分することで、それが唯一の立ち位置ではなくなると?
だとしたら・・・そんな理由で・・・・
「いいんじゃねぇか?一緒に来いよ。小喬。」
だが、迷っているうちに孫策が軽く許可してしまう。
「やっと、話がまとまったか〜。ならば、俺と策と周姫、小喬、張バクで出陣するぞ。」
その上、今まで傍観していたはずの孫堅に、さっさと決定事項にされてしまう。
しかも、急に出てきた他国の武将の名に、さらに統一性に欠いたような布陣になっていた。
「文台様・・・張バクですか?」
「ああ、ちょうど昔馴染みが捕まってな。面白い布陣だろ?」
「・・・・・・・・」
「神速・車輪・麻痺矢の3種がそろって、怖いものなしだ!!」
「神速や車輪に頼らなくても、雄飛の時→若き血の昇華のコンボで押し切ってやるぜ!!
な?周姫。」
「はい。義伯父様と一緒ならば、負ける気がしません。」
「あら?私も囮ぐらいなら勤められますから、忘れないでくださいませ。」
「まあ、そういうことだから安心して寝てろよ公瑾!!」
周瑜は、やる気を漲らせる面々と、自身の間が薄い帳で隔たっているような感覚に陥った。
手が届かない不安ともどかしさが襲う。
安心なんてできるわけがない。
統一性に欠けた寄せ集めの布陣。
戦闘に不慣れな小喬と周姫。
血気盛んで先行しがちな孫堅と孫策に、付いていける者はいるのか?
頭の中に不安ばかりが、次から次へと浮かんでくる。
しかし、愛しい者達を戦場へと送りだすことしかできないならば、
後顧に憂を残すような態度だけは取るわけにはいかない。
「ああ、武運を祈っているよ。」
周瑜は、もどかしさを飲み込んで、微笑を浮かべた。
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