周瑜は穴の中から、外を眺めていた。
先ほどから降り始めた雨は、次第に激しさを増し、周囲も薄暗くなってきた。
そろそろ、自分が戻らないことが問題になり始めた頃かもしれない。
捜索隊が出るとしたら、この雨の中、手間を掛けさせて申し訳ないと思う。
だが、自由に動けない身では、探し出してくれるのを待った方が無難だ。
分かってはいるが、ただ待つだけの身はもどかしい。
もどかしさを紛らわすために、取りとめなく考えを巡らす。
今、孫策はどうしているのだろうか?
まさか、周囲が止めるのも聞かず、探しに飛び出したのではあるまいか?
孫策の堪え性の無さは、周瑜が絡むと更に歯止めを無くすことがある。
それは、自分が窘めるべき行動。
でも、そんな孫策の行動を心にどこかでは嬉しいと思ってしまっているから、
何度窘めたところで、孫策は周瑜のために我を通すことを止めない。
だから、今もこの雨の中、孫策自らが自分を探しに出てくれているような気がしてならない。
せめて、最低限の護衛は付けていてくれることを祈るが、望みは薄いだろうな。
そんなことを考えていた時だった。
「こぉーきーん!!」
と自分を呼ぶ声が、予想以上に近くから聞こえた。
激しい雨音に紛れたとて、聞き間違えることはない。
これは、孫策の声だ。
「伯符!!私はここだ。」
周瑜は、土壁に手をつき立ち上がると、その声に答えた。
それに気付いた孫策が、馬を飛び降り、転がるように駆け寄ってくる。
そして、手が届く位置に近づくなり、強く抱きしめられた。
「公瑾・・・生きていて良かった。」
耳元で囁いた孫策の声は、僅かに震えていた。
「伯符・・・・」
そっと呼びかけたが、孫策は黙ったままその腕を離そうとしない。
きっと、表の熊との闘いの跡を見たのだろう。
必要以上に心配を掛けてしまったらしい。
「すまない。少々足を負傷して自力で戻るのが困難だったんだ。」
「なに?ちょっと、見せてみろ。」
孫策はハッと我に返り、腕を解くと、周瑜を座らせ足の具合を診る。
周瑜の足首は赤く腫れて熱を持っていた。
「折れてないといいが・・・・しばらくは固定する必要がありそうだな。」
足の具合を診終わった孫策の視線が、足元から全身に這わされる。
他に怪我などしていないか、確かめるように。
純粋にこの身を案じての行為なのに、熱心な視線に晒されて、違う感情が湧きあがってしまいそうになる。
「ああ・・・・これだけで済んだのは運が良かった。」
「本当にこれだけか?他に怪我は?お前も熊に襲われたのか?」
「伯符。大丈夫だ。熊はきっちり仕留めてあっただろう?」
必死な様子の孫策を、宥めるようにゆっくりと告げる。
「そうか。そうだよな。」
少し落ち着きを取り戻した孫策が、無事を確かめるように再び周瑜を見つめる。
その視線に意識が絡め取られ、孫策へと引き寄せられていく。
先ほど沸き上がった感情が、再び頭をもたげてくる。
「・・・はくふ・・・・」
思わず漏らした呟きが、熱を帯びていた。
「公瑾・・・雨宿りしていくか?」
その熱が、孫策にも伝染する。
周瑜が戻らないことを、心配しているのは孫策だけではないはずで、
早く自陣に戻るべきだと分かってはいる。
でも、更に激しく降り出した雨が、ここに足止めする理由を与えた。
「ああ・・・降り止むまでここに。」
その答えを切っ掛けに、どちらからともなく唇が重なる。
激しい雨の帳に遮られ、外界から切り離されたような洞窟の中で、孫策だけを感じていた。
おわり
話の流れ的に、足を負傷して助けを待ちつつ雨宿りなだけで十分で、
周瑜が熊に襲われる必要はなかったのですが・・・・
以前、進軍まえの訓練で、「熊狩り」っていうのが期間限定で出ていた時があり、
孫策で討伐成功したときの「今日は、熊鍋だ!!」ってのが頭から離れなくてw
なんか、意味もなく熊を登場させたくなってしまいました。
朝帰りして、怒られたら、皆に熊鍋振る舞って許してもらえばいいと思います。