まだ、東の空がぼんやりと赤く染まり始めたばかりの頃に、孫堅はふと目を覚ました。
普段より随分早い目覚めに、もう一度寝直そうとしたが、外から微かに聞こえる気合の声が気になった。
このような早い時間から、いったい誰だ?
孫堅は声に誘われ、ふらりと部屋を出た。
次第に大きく聞こえ始めた声を頼りに廊下を進む。
視線の先に、一人懸命に槍を振る黄蓋の姿があった。
気付かれないように、足音を消してそっと近づく。
近くの柱に身体を預けて、汗を流す黄蓋の姿を見つめた。
戦場での、年を感じさせない体の切れは、日々のたゆまぬ鍛錬の賜物なのだろう。
それにしても、朝も早くから元気なものだ。
「早くから、精が出るな。」
黄蓋が一息ついたところを見計らって声を掛けた。
「殿!?いらっしゃったのですか?」
「ああ、偶然、目覚めてな。お前はいつも早くから鍛錬を?」
「はい。最近めっきり朝が早くなりましてな。」
「お前・・・・それは・・・・・」
年なのではないか?という言葉を飲み込んだ。
だが、気付いた黄蓋が憤慨した様子で詰め寄ってくる。
「殿・・・・今、ワシを年寄り扱いしましたな!!まだまだ、若い者には負けませぬぞ!!」
「その”若い者には負けない”という言葉が出るのは、年を取った証拠だぞ。」
「むううう・・・・」
言葉を失った黄蓋の、汗の流れる首筋に顔を近づけた。
「と・と・とのぉ〜〜〜!?」
突然の接近に驚く黄蓋に、ニヤリと笑みを浮かべる。
「う〜ん。まだ大丈夫そうだぞ。」
「何がですか?」
「まだ、加齢臭はしていないようだな。」
「かっ・か・か・・・・加齢臭ですと!?とのぉ〜酷すぎ・・・・」
ふわりと空気が動き、黄蓋自身の汗の匂いに微かに孫堅の香りが混じる。
文句のために開いた黄蓋の唇を、孫堅の唇が塞いでいた。
だが、一瞬の触れ合いで、すぐに離れてしまう。
「すまん。冗談だ。励めよ〜〜」
ひらひらと手を振り立ち去る孫堅を、黄蓋はぼぉ〜っと見送っていた。
一瞬の口付けの余韻と孫堅の残り香に浸りながら。
黄蓋は、朝は早起きしてそうだなぁ〜と。
それと程普は、年寄り扱いされてもすでに慣れた調子でサラリと交わしそうだけど、
黄蓋は、まだまだ自分は若いつもりでいそうな気がして(笑)