孫堅は一人で露天風呂に浸かっていた。
冷えた外気が、暖かな湯の心地よさを引き立てる。
風呂縁に組んだ腕に頭を乗せ、横を向くと視線の先に水面に映る月があった。
ゆらゆらと揺れる月は、崩れそうになっても決して崩れ去ることはない。
儚く見えるのに、しぶとい輝きをぼんやりと眺める。
手を伸ばせば届く位置で輝いているのに、掴むことはできない。
なぜか、魅せられる・・・・・
「殿、殿、起きてください。風邪を召されますぞ。」
肩を揺さぶられて、ハッと目を覚ました。
いつのまにか、眠りに落ちてしまっていたようだ。
見上げると、眉を顰めた黄蓋がいた。
肩に触れた黄蓋の掌が暖かくて、肩が冷え切っているのを自覚する。
少し寒いな・・・と思ったら、パシャリ、パシャリと黄蓋の手により肩に湯が掛けられた。
冷えた肩に、温かな湯が心地良い。
「すまんな。月を眺めていたら、いつの間にか寝てしまっていた。」
「月ですか?」
夜空に輝く月を見上げた黄蓋が、方向が違うのではと不思議な顔をする。
「それではなく、こっちの月だ。」
黄蓋の手により乱される水面で、揺れ動く月を指差した。
「夜空に輝く月も美しいが、手が届きそうなのに掴む事のできない水面の輝きもいいものだな。
ゆらゆらと揺れて誘っているのに、手を伸ばしてもすり抜けるさまに、魅せられてしまった。」
「殿、月に惑うのもよいですが・・・・・・」
水面の月を揺らさぬように、しばし止まっていた黄蓋の手の動きが再開した。
小言を続ける代わりに、孫堅の肩が冷えぬようにと湯をかける。
パシャリ、パシャリと一定の間隔を保つ水音と、温もりが心地よい。
再び、ぼんやりと水面の月を眺める。
「綺麗だな・・・・・」
「綺麗ですな・・・・」
ポツリと呟いた孫堅に同意するように、黄蓋が続く。
だが、黄蓋の視線は、夜空の月でも水面の月でもなく、別の輝きへと注がれていた。
「月と露天風呂」孫堅Ver.です。
黄蓋を月に例えるのが、困難だったため、孫堅Ver.は孫堅自身が魅惑の月な感じで。