遠呂智に腕を掴まれた直後、孫堅は一瞬で見知らぬ城に連れてこられていた。
「ここ・・は?」
「我の城の一つだ。」
自分の記憶が確かならば、つい先ほどまで、戦場に居たはずだ。
戦場からは、城らしき建物は見えていなかったはずで、わずかな間で、かなり遠くまで移動したことになる。
どうやら、遠呂智は不思議な技を使うらしい。
厄介なことだ。
こんな技で移動させられては、自分の監禁場所のおおよその位置すら特定できない。
しかし、連れてこられた部屋は、十分な広さがあり、豪華な内装をしている。
てっきり、地下牢に監禁されると思っていたが、部屋を与えられて、この城に軟禁状態ということだろうか?
城の中を歩き回れるならば、場所を特定できる機会や逃げることが叶う機会もあるかもしれない。
「脱げ。」
孫堅が部屋を見渡していると、いきなり遠呂智に命じられた。
「はぁ?なんだと?」
驚いて、遠呂智を振り返ったが、残念ながら冗談を言っているような雰囲気ではなかった。
「聞こえなかったのか?着ている物を全て脱げ。」
腕を組んで、こちらを見ていた遠呂智が、再び命じてくる。
その声には、若干の苛立ちが交っていた。
例え拒否しても、捕虜となった武将達を質に強要されるかもしれない。
素直に従った方が得策だとわかっている。
ただ、服を脱ぐだけのことなら、別に躊躇う程のことではない。
しかし、遠呂智から感じる俺に対する執着が、その言葉に従うことを躊躇させる。
「早くしろ!!それとも・・・・・我に脱がされたいと誘っているのか?」
戦場でのように、激しい怒りをぶつけてくるかと思ったが、遠呂智は一転して嫌らしい笑みを浮かべていた。
更に質が悪い。
誘っているのか?という問いに、肯定を示すわけにはいかず、
自分の物ではないように重く感じる腕を動かし、まずは甲冑を脱ぎ落とした。
服を脱いでいく様を、遠呂智にじっと見られている。
羞恥心を見せては、相手の興をそそるだけだと、分かってはいるが、
その視線から逃げたくて、思わず顔を反らしてしまう。
すると、クククッと遠呂智に喉の奥で笑われた。
黙ったまま脱ぎ続けることに耐えきれなくなり、気を紛らわそうと遠呂智に話しかける。
「何故、脱がねばならんのだ?」
「忍びという奴等を知っているか?奴等は身体の至る所に武器を隠している。」
「俺はその忍びとやらではないぞ。」
「だが、お前は油断ならんからな。戯れの最中に、寝首を掻かれては困る。」
脱衣を求めた目的が分かり、多少は安堵したが、今度は戯れの最中にという言葉が引っかかった。
いったい、遠呂智様はどんなお戯れをお望みなのだか。
「危険を冒してまで、俺と戯れる必要などないと思うが?」
「それを決めるのは、我だ。孫堅、全て、だぞ。」
下衣を残して、止まっていた手を見咎められて、念を押された。
全ての衣服を脱ぎ落とし、一糸まとわぬ姿で遠呂智の前に立つ。
頭のてっぺんから爪先まで、遠呂智の視線が纏わり着く。
武器を所持していないか確かめているだけだと自分に言い聞かせても、不快感は拭えない。
「これで・・・満足したか?」
「まだだ。」
そう言って、遠呂智がいきなり距離を詰めて来た。
後ずさり、距離を取ろうとしたが、遠呂智の大きな手にガシリと頭を掴まれた。
遠呂智の手が髪の中を探るように動く。
「髪の中や・・口の中・・・凶器を隠せるところはまだあるだろう?」
「隠してなど・・・ぐっぅ・・・んんっ・・・・」
遠呂智の指が孫堅の唇を割り、口内に侵入して来た。
口の中を探るように指が動く。
無遠慮な指に上顎を撫でられ、不快感に首を振り逃れようとしたが、髪を掴まれていて果たせなかった。
「ふっ・・・・ぁ・・・やめ・・・」
拒絶は上手く言葉にならないし、舌を捕えられて上手く飲下できなかった唾液が口角を伝って首筋にまで流れて気持ちが悪い。
抗議を込めて、睨み上げたが、遠呂智は全く意に介さず、薄笑いを浮かべている。
始めは探る様だった指の動きが、次第に弄るように変化し、
遠呂智の足が、孫堅の膝を割るように踏み込んでくる。
こんな、無防備な格好で、体格でも腕力でも敵わない相手にその気になられたら、容易に食われてしまう。
遠呂智の執着の種類には気づいてはいたし、捕虜となるときにこういう扱いを受けることも仕方なしと覚悟はしていた。
だが、可能な限り避けて通りたいのが本音だ。
何か、逃げ道がないものか・・・・・
孫堅が諦めることなく思いを巡らせていると、
その場の雰囲気を全く読まない、能天気な女の声が聞こえた。
「はぁ〜い。遠呂智さまぁ〜。ご所望の物をお届にきましたわよぉ。」
その女も、遠呂智と同様の不思議な技を使うのか、突如沸いて出たように、遠呂智の背後に出現した。
「妲己、か。」
「あら、やぁだ。もしかして、お邪魔だったかしら?」
部屋の中の状況に気付いた妲己が、クスクスと笑う。
「いや、少々遊んでいただけだ。」
「ホントかしら?・・・で、これはこの人用?」
そう言って、妲己が手に持っていた、青灰色の布を示す。
「そうだ。孫堅、着てみろ。」
孫堅が頷くと、やっと遠呂智の腕から解放された。
妲己に渡されたのは、袖の広い単衣の服で、裾に広がりはなく、着丈丁度。
細い腰ひもで止めるだけの簡単な作りだったが、肌触りは悪くない。
しかし、生地は青灰色、衿は緑色、腰紐は朱色と目の前の男を彷彿とさせる配色だった。
そのことが、なんだか落ち着かない。
「ほう。似合うぞ、孫堅。」
遠呂智に誉められたが、嬉しくもない。
「お前の肌を我の色で覆うのも良いが、近いうちに我で覆い尽くしてみたいものだ。」
そう言われて、背筋に悪感が走る。
遠呂智から頻繁に感じる、絡みつくようなあの視線を感じる。
俺を食ってみたいと、隙を窺っている。
それにしてもこの衣服、細い腰紐はなんとも頼りなく、身体を覆うのは布一枚のみ。
前で布が合わさっている部分が少ないから、簡単に裾が肌蹴てしまう。
随分と犯しやすそうな格好をさせられたものだと思う。
まあ、あのまま全裸でいろと言われるよりは、多少はましだが・・・・前途多難だな。
「孫堅さん。これ、長襦袢っていうのよ。まあ、部屋着の代わりだと思えばいいんじゃない?」
着せられた服をみながら顔を顰めていると、妲己が含み笑いで言った。
「部屋着で歩きまわれというのか?」
抗議したが、妲己は馬鹿にしたような笑みを浮かべたまま、遠呂智をみる。
「お前を部屋から出すつもりはない。この部屋で大人しく、我の訪れを待て。」
「大人しく・・・か。」
何もせずに囚われの身に甘んじ、ただ大人しく待つだなんて、性に合わない。
「お前が逆らったり、逃亡を企てたりした場合、そのつけは呉軍の処遇に反映されると思え。」
それを、遠呂智も分かっているのか、釘を刺される。
「では、また来る。」
そういうと、遠呂智は妲己と共に姿を消した。
部屋の中で一人になり、ホッと肩の力が抜ける。
遠呂智を前にして、獲物を狙うような視線で舐め回されて、さすがに緊張していたようだ。
しかし、部屋を与えられ、奴の好みの衣を着せられ、奴の訪れを待てという。
捕虜というよりは、愛妾にでもされたような扱いだ。
だが、遠呂智との接触があるということは、呉軍のために何かできる機会となるかもしれない。
まあ、そう考えれば、悪くはないか。
「よ〜し。今できることをするか。」
孫堅は、そう言って気持ちを切り替えると、
まずは、部屋の中に抜け道や役に立ちそうなものがないか調べ始めた。
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